野球選手のためのスプリントとスピード:Part1

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野球選手のためのスプリントとスピード:Part1

2020/08/18

野球に必要なスプリントとは?

長谷川昭彦・長谷川裕

 

日本の国民的スポーツである野球は、 投げる、 打つ、 走る、 捕る、 など様々な動作が含まれる複雑なスポーツです。既定の回(イニング)数終了時に得点の高いチームの勝利となり、 得点を取るためにはイニング内の3つのアウトを取られる前に走者が1⇒2⇒3⇒本塁へと進む必要があります。一方守備側は、この進塁を阻止し、アウトを取るための様々なプレイを行います。塁間の距離はルールで定められており、 相手の守備プレイの速さよりも走る速度が速ければ速いほど短い時間で先の塁に到達できるため得点の可能性が上がります(塁間距離:27.431m)。

 

このブログでは、アメリカの野球界で近年注目されている視点を踏まえて、野球選手のためのスプリントとスピードの能力評価とトレーニングについての最新情報を2回に分けて提供したいと思います。

 

野球のスプリントの特徴

打者がボールを打った後は一塁へ走ります。内野ゴロの場合スイングから一塁到達までの時間が速ければ内野安打の可能性が高くなり、 出塁に繋がります。

内野安打以外のケースでも直線走と曲線走の違いはありますが、 基本的には全力疾走で先の塁を目指します。

守備を含めても1試合の平均走行距離は、ポジションや出塁回数などによりやや変動するものの、600m~1㎞程度で、 必要な能力としては守備での5mや10m、 塁間の約27m~長くてもスリーベースヒットや、1塁からホームベースへの(曲線)70m程度の距離をいかに速く走るかということです。

 

では、この短い距離を全力疾走するスプリントの能力はどのように評価すればよいのでしょうか?

 

野球チームにおける走力の測定

少年野球から高校野球、 社会人リーグ、 プロ野球など、 競技レベルに関わらず多くのチームで走力の計測としては10~30m走やベースランニングでの測定が行われています。最近では一般的に光電管と呼ばれる、赤外線やレーザー光線によるセンサーを使用して、 手動による誤差が出ないように電気的に計測を行っている現場も増えてきました。センサーを利用することのメリットとしては、 より短い距離(5mや10m)などを正確に計測できるという事があげられます。例えば5m走ではプロ野球でも「足が速い」と認識されている選手は1.00秒以下で走る場合が多いですが、 その中でもトップクラスの選手は0.93~0.95秒をコンスタントに叩き出します。10m走でも平均的な選手が1.80秒前後であるのに対して、その選手は1.6秒台後半~1.7秒台前半でした。

試合中の走力の評価としては、 MLBのデータを公表している「スタットキャスト」では、 打者走者の一塁ベース到達タイム(トップ選手で3.1秒台)や最高到達速度をランキング化し、 9.14m/s(約33㎞/h)以上を「Volt」という指標としてその回数を優れたスピードの選手の指標としています1)

 

これらの指標で、 「足の速い」選手かどうかはわかります。しかし、 野球というスポーツの中で「本当に速い選手」かどうかは、 まだわかりません。それはなぜでしょうか?

 

◆スプリントが速い=盗塁成功率が高い?

野球において足の速い選手の見せ場の一つが「盗塁」です。塁上のランナーが投球間に次の塁へ進むプレイで、 成功すると得点に近づく非常に積極的なプレイです。

しかし、 現場ではしばしば「チームで最も足の速い選手が、 盗塁が得意ではない」ということが起こります。このことは盗塁を構成する要素が単に足が速いだけではないことを意味します。

 

盗塁には、アスリートにとって最も正確で緻密な敏捷性が要求されます。

敏捷性(アジリティー)は、 刺激に対する行動と定義されます。ここでいう刺激とはマウンドのピッチャーの動きで、行動とはランナーの正確な反応です。つまり、 「いかに早く正確に動き出せるか」という反応能力が極めて重要なのです。反応能力には以下に示す5つのステップがあり、 盗塁成功のためにはこれらが「速く」「正確」であることが必要となります。

 

◆盗塁を成功させる反応能力

5つのステップに分けられる反応能力の中でも、1~4番目までは「認知」の範囲です。

  1. 「認識」(RECOGNITION)。ピッチャーが足を上げ、 プレイが開始されたことをランナーが「認識」します。
  2. 「注意」(ATTENTION)。ランナーは認識したもの(投手の動き)に注意しなければなりません。
  3. 「決定」(DECISION)。ピッチャーの足が充分に上がり、「投球する(牽制では無い)」とランナーは判断してスタートを切る決定をします。このプロセスからランナーは迷いを抑えます。
  4. 「受理」(ACCEPTANCE)。一旦決定がなされたらその決定を受け入れなければなりません。
  5. 「反応行動」(REACTION)。受理した結果として反応し、盗塁を実行するという行動が起こります。

 

この五つの頭文字を取って「RADAR(レーダー)」とし、 「優れた選手は優れたレーダーの機能を持っている」と表現されます2)

これらの認識のプロセスが効率的になるよう、脳の処理速度はできるだけ速くなくてはなりません。プロセスのスピードが遅ければ、行動の開始に遅れが生じます。

走るスピード自体が速くてもスタートを切るまでの時間が遅いために盗塁が失敗に終わるということが起こります。

 

これらの反応能力は、決して生まれつきのものでもなく、教えられないものでもありません。正しく測定評価し、必要なトレーニングを行うことで改善することが十分可能です。次回の記事で詳しく説明しますが、 この反応能力には、周辺視野の広さと、 細部を瞬時に理解する能力、正確な判断、 焦点を正確に合わせさらに修正するという、 目と脳の双方の能力が要求されます。

 

◆反応を含めた測定データの例

 

これは、高校野球の測定データの一部を抜粋したものです。測定方法としてはMicrogate社製のWITTYでのタイム計測にWITTY-SEMでスタート反応をプラスしたものです。

 

▼測定のセッティングはこのようになります。

WITTY-SEMが点灯してからスタートゲートを通過するまでの時間が「反応時間」

スタートゲート通過から10m通過までが「10mタイム」

反応時間と10mタイムを合計したものが「合計タイム」です。

※WITTY-SEMからのスタート信号は「3、2、1」のカウントダウン後3秒以内のどこかランダムなタイミングで点灯する設定を用いました。これによってスタートのタイミングは任意ではなくなります。

※このスタート反応を伴う直線スプリントの測定はUSAベースボールの選手発掘育成プロジェクト「PDP」でも採用されています。

◆測定データの解釈

表の赤マスはチーム平均より速く、 青マスはチーム平均以下を意味します。

10mタイムのみで1.85秒でトップに立つC選手が、 反応時間ではチーム平均を大きく下回っています。10mタイムでC君に劣るA選手が、反応時間ではチームトップで、 合計タイムはC選手より0.12秒も早いという結果になっています。

また、 チーム平均より10m走が速いB選手が、反応ではチーム平均以下であるのに対し、 D選手は、逆に10m走ではチーム平均より遅いのに、反応ではチーム平均より速い、という結果になっています。

野球の盗塁(二盗)の場合は、 ピッチャーがバッターへ投球し、 キャッチャーが2塁へ送球し、 2塁上で野手が捕球してタッチするまでの時間にランナーが2塁に到達しなければなりません。この時重要なのは、スタートのタイミングはランナー次第ということです。ピッチャーがバッターに投球することを認識してから0.01秒でも早くスタートを切ることが盗塁成功の秘訣です。走り出しから2塁到達までの間の合計タイムが短縮できれば盗塁の成功率が上がります。

合計タイムが同程度でも、 どこに向上の伸び代があるのか、 重点的に鍛えるべき部分は何なのかは、選手によって異なります。そして反応の速さや10mなどのごく短距離を本当に速く走れているかどうかを1/100秒の精度で知るには、 それに見合った精度の高いセンサーでの計測が必須となります。

逆に言えば、 そのような計測デバイスを持つことで、 他の指導者が見えないものを見ることができるようになると言うことでもあります。

 

次回は、 知覚・認知の部分で、より実践的な能力について掘り下げていきましょう。

【参考文献】

  1. Statcast Sprint Speed Leaderboard: https://baseballsavant.mlb.com/sprint_speed_leaderboard
  2. Dr. Peter Gorman, The Art of Mind-Body Integration: https://usabdevelops.com/USAB/Blog/Mind_Body_Integration.aspx

 

 

 

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https://sport-science.jp/blog/detail/20201224152536/

 

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