トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #17 挙上速度の測定が不可欠な理由(2)

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トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #17 挙上速度の測定が不可欠な理由(2)

2024/08/25

挙上速度の測定が不可欠な理由(2)

ウエイトトレーニングのパラダイムシフト

記事はJATI EXPRESS No.100に掲載のものです。

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【概要】

・誰が決めた?「1RM=最大筋力」

・遅くても「速度を意識する」意味

・疲労レベルを可視化しトレーニングの質を高く維持する

・何をがんばり、何をモチベーションの対象とするのか?

・ウェイトトレーニングの世界に起こりつつあるパラダイムシフト

ウェイトトレーニングにおける強度設定は、長い間1RMのパーセンテージで設定するのが常識とされ、現在も多くのテキストには、この方法が基本であると記述されている。なぜか。それは、ウェイトトレーニングの現場では挙上速度を測ることができない時代が長く続いたからである。しかし、誰でも簡単に挙上速度を測れるようになった今、ウェイトトレーニングの世界にはパラダイムシフトが起こりつつあることを、我々はしっかり認識しなければならない。

 

誰が決めた?「1RM=最大筋力」 

 1回の反復動作で発揮される力は、ウェイトの質量と発生した加速度との掛け算で決まります。使用する質量は見ればわかりますから、動作中の加速度がわかれば、実際に発揮した筋力の大きさがわかるのです。加速度とは速度の変化率なので、挙上動作を開始してからどれだけ大きな速度に到達できるかが、対象とするウェイトに対して発揮した筋力の大きさを決定づけます。 これは、仮に1RMが同じ2名の選手がいて、1RMに対するパーセンテージも同じ、つまり挙上重量が全く同じであったとしても、出せる速度が違えば、実際に発揮している筋力は全く異なることを意味します。 

 にもかかわらず、ウェイトトレーニングにおける強度設定は、長い間1RMのパーセンテージで設定するのが常識とされ、現在も多くのテキストや入門書には、この方法が基本であると記述されています。なぜでしょうか。 それは、ウェイトトレーニングの現場では挙上速度を測ることができない時代がとても長く続いたからです。 今から30年前、私がNSCAのCSCSを受験したとき、受験対策の必読書とされ、NSCAにおけるプログラム・デザインの理論的基礎を作ったとされるフレックとクレーマーの名著、『Designing Resistance TrainingProgram』の1987年初版では、プログラム変数の1つである強度(使用するウェイトの重さ)の決め方としては、RM法と1RMのパーセンテージ法しか示されていませんでした。 

 今日のように、現場で手軽に挙上速度を測る手段が存在しなかった時代には、選手にどれだけの筋力発揮を要求するかを客観的に処方するためには、挙上できるウェイトの最大質量を調べ、そこで最大筋力が発揮されていると仮定し、その相対値で決めるか、それとも%1RMとある程度の相関を示す一定のウェイトを挙上できる回数つまりRMで強度を設定するしかなかったのです。 このような時代が100年以上も続いた結果、1RMが最大筋力であるという誤解と、強度は1RMのパーセンテージまたはRMで設定するものという「常識」が出来上がっていったのです。 しかし、トレーニング現場で誰でも簡単に速度が測れるようになった現在では、挙上速度によってトレーニングの強度を客観的に設定することができます。 2004年に発刊された上述の書籍の第3版では、プログラム変数の中にrepetition speedという項目が追加され、挙上速度は、トレーニング効果を左右するプログラム変数として明確に位置づけられています。 

 力学の正確な理解に基づいて、従来の「常識」を超えていくことがトレーニング指導者に求められているのではないでしょうか。

 

遅くても「速度を意識する」意味 

 1RMの大きさで、発揮可能な筋力の大きさを評価するという慣習が長く続くと、大きな力は遅い速度でしか発揮されないものという日常的な感覚から抜け出すことは困難です。しかし、1RMより軽いウェイトであっても、それを少しでも速く挙上できれば、発揮される筋力は大きくなり、その筋力をより大きくすることがパフォーマンス向上にとって重要なのは明白です。 

 実際、1RMよりも軽いウェイトでの挙上速度を比較すると、1RMが同じ、あるいは大きい選手よりも、より速く挙上できる選手のほうが競技パフォーマンスに優れているという例は、枚挙にいとまがありません。

「一定のウェイトに対して発揮可能な筋力の最大値」を追求することは、「どれだけ重たいものを挙上できるか」ということとは異なる次元の問題です。

 どんな速度でも、すこしでもより速く挙上しようと努力すればするほど、大きな筋力が発揮されます。そのために、より多くの運動単位、特にタイプII筋線維がより多く動員されます。また筋線維に対する機械的刺激も高まります。このことは筋肥大に対する効果的な要因としてさえ働くため、ボディビルダーの間でも挙上速度を追求するということが注目され始めています。 

 高速・低速というのはあくまで相対的なものです。速度を意識するということは要するに、所定のウェイトを少しでもより速く挙上しようと努力するということに尽きます。その速度の変化を推測ではなく、客観的な数値でコントロールしようというわけです。 

 これとは全く逆に、可動範囲を確認しながら意図的にゆっくりと動作することが必要な場合も(エクセントリック局面でも)客観的な速度計測が役に立つのは言うまでもないでしょう。

 

疲労レベルを可視化しトレーニングの質を高く維持する 

 1レップごとに最大速度を発揮しようと全力で反復すると、挙上速度は明らかに低下していきます。つまり実際に出力される筋力が小さくなっていきます。大きな力を高速で発揮するのに適したタイプの運動単位は徐々に動員されなくなります。動員される運動単位の数も減り、同期のタイミングもずれ、発火頻度も低下してきます。 

 この状態でさらに反復を繰り返しても、そのウェイトに対して発揮できる筋力向上を刺激するトレーニングとして役立つ可能性はきわめて低くなります。むしろ不要な疲労を惹起し、ケガのリスクも高まります。 

 目的とする身体機能の反応をそれ以上誘発できない状況下では、それ以上の運動を続けても効果的な運動刺激にはなりません。これは、最大疾走速度を向上させるためのトレーニングで、最大スピードがどんどん低下していっているのにいつまでも走り続けることと同じくらいナンセンスなのです。 

 この疲労の進行状況は、選手によって異なり、個人差があります。ですから、客観的な挙上速度を測ることで、あるレベルまで速度が低下したらそれ以上の反復をやめて、十分な休息の後、再び全力で挙上するというセット法が有効ではないかと考えられるようになってきました。これが、Velocity-LossCutoff(VLC)という疲労の客観的なコントロール法です。 

 VLCが日本人に対しても有効であることは、砂川らによる複数の研究ですでに確かめられています1)。この方法によって総トレーニング量を低く抑えてもトレーニング効果は同じ、爆発的パワー発揮能力の効果量はむしろ大きくなることが示されています。 

 さらに、高い筋活動を誘発しつつ過剰な疲労を抑制することが必要とされる活動後増強(PAP)効果を引き出すためのトレーニングにおいても、VLCは疲労耐性の個人差に応じた効果を発揮することが明らかにされています1)。

 

何をがんばり、何をモチベーションの対象とするのか? 

 所定のウェイトに対して発揮できる最大速度を更新しようとがんばる、決められた速度を下回らないようにがんばるというのは、疲労によって挙げづらくなってきてからさらに反復を継続するためにがんばるのとは、がんばりの生理学的な中身と質が異なります。 

 一定の質量に対して発揮可能な速度を追求することは、筋力向上を追求することと同義です。一定のウェイトに対して発揮できる速度が速くなれば、それは強くなったことを意味します。1RMやRMの測定をしなくても普段のトレーニングがそのまま力の限界に挑戦することになります。従来の何キロを何回挙げるかというのとは違うモチベーションが、それまでとは異質のがんばりを引き出すことになるのです。


ウェイトトレーニングの世界に起こりつつあるパラダイムシフト 

 パラダイムシフトとは、ある分野の科学者や専門家集団において、歴史上の一時期には当然のことと考えられていた認識や問題に対するアプローチが、技術革新や価値観の変化によって劇的に変化し、新たなモデルや枠組みに取って代わられることを意味します2)。 

 現場において、誰でも簡単に挙上速度を測れるようになった今、まさにこのパラダイムシフトがウェイトトレーニングの世界に起こりつつあると言えます3)。強度設定、選手の努力度、トレーニング効果の評価、さらには最大筋力の意味やウェイトトレーニングの目的そのものさえ、新たな文脈の中での問い直しが始まっているのです。

 

参考文献

1. 砂川力也, Velocity-based training:VBTによるトレーニングの可視化とパフォーマンス向上戦略, S&CJournal Japan, 30(5): 5-12, 2023.

2. トーマス・S・クーン(青木薫訳),科学革命の構造 新版, みすず書房, 2023.

3. Gonzalez-Badillo et al., Toward a new paradigmin resistance training by means of velocitymonitoring, Sport Med Open, 8(1):118, 2022.
 

 

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