トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #1 VBT
2022/07/06
トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価
#1 連載を始めるにあたって VBTにまつわる包括的な話題
#1 連載を始めるにあたって VBTにまつわる包括的な話題 の記事PDFはこちらから
※上記記事はJATI EXPRESS No.84に掲載のものです。
【概要】
1:VBTは単なる流行でもトレーニング法のひとつでもない
2:挙上速度を測ることから得られること(=測らなければ得られないこと)
3:VBTはフォームを崩させるという勘違い
4:もともと存在しなかったPBT
5:進化するVBTと測定・評価
今号より、トレーニング指導における測定と評価に関する連載をスタートする。第1回は、JATIが企画協力した新刊『VBT トレーニングの効果は速度が決める』の紹介を兼ねてVBTにまつわる包括的な話題を、測定と評価という視点から改めて提供したい。
はじめに
この度、JATIの企画協力のもと、草思社より、書籍「VBT トレーニングの効果は速度が決める」を上梓することができました。最初にお話をいただいた事務局はじめお世話になった皆様に深甚より感謝申し上げます。
さて、本誌JATI EXPRESSにて、新たな連載を開始することになりました。トレーニング指導における測定と評価に関する内容です。実は、VBTというものも、突き詰めれば、ウェイトトレーニング指導の効果を高めるための測定と評価そのものです。そこで今号では、拙著「VBT トレーニングの効果は速度が決める」(以下、拙著)の紹介を兼ねてそこでは書ききれなかったVBTにまつわる包括的な話題を、測定と評価という視点から改めて提供したいと思います。
1. VBTは単なる流行でもトレーニング法のひとつでもない
拙著でも紹介したように、VBTという言葉が世界的に使用されるようになった直接のきっかけは、今からちょうど10年前の2011年にJSCRというNSCAが発行する研究誌に発表された論文のタイトルにあります。
ニュージーランドのプロラグビー選手を対象としたこの研究は、挙上速度を1レップごとにリアルタイムフィードバックすることにより、トレーニングの質をより高いレベルで安定させ、ジャンプ高やスプリントといったパフォーマンスに対するより大きなトレーニング効果が得られることを実証した論文でした。そのタイトルにVelocity-Based Resistance Trainingという言葉が使われたのが今日のVBTという言葉が広まる直接のきっかけです。
しかしそこから遡ること15年以上前の1990年代には、すでにウェイトトレーニングの現場において挙上速度をリアルタイムで測定し、フィードバックすることの意義と効果がドイツの投擲競技のコーチであり研究者でもあったG.ティドフによって提唱され、様々な実証的研究が報告されていました。ただ、この論文が発表されたのが、国際陸上競技連盟(IAAF)の研究誌だったこと、そして大がかりな測定装置を必要としたこともあり、ウェイトトレーニング指導一般という視点から大きな注目を集めるには至りませんでした。
しかし、1998年にフィンランドのラハティで開催された第1回国際ストレングストレーニング学会において、挙上速度とパワーをトレーニング指導の現場で手軽に計測しフィードバックすることが可能なフィットロダインという機器を用いたトレーニング研究がスロバキアのD.ハマーによって発表されたのを機に、「現場でウェイトトレーニングにおける挙上速度を測る」、というコンセプトが徐々に世界中に浸透していきました。日本においても現在JATI理事長でもある有賀雅史氏は、当時指導されていた日本を代表するサッカー選手のパーソナルトレーニングでフィットロダインを用いた先駆的な取り組みをされていました。もう20年以上も前のことです。
ウェイトトレーニングにおいてスピードを測るということが、なぜ、どのようにして世界に広がって行ったのか、そして現在どのような位置にあるのかという詳細はぜひ拙著の第1章をお読みいただければ幸いですが、重要なことは、VBTは決して一時的な流行りとかすたりとかいった枠組みで語られる特殊なトレーニング法の1つではないということです。
ウェイトトレーニングにおいて、客観的根拠に基づいてトレーニング指導をより効果的に進めていくために、トレーニング指導の実践とその科学的研究の長い歴史のなかで必然化した一つの到達点、それがVBTです。VBTという象徴的な言葉から、それが何か特殊なトレーニング法の1つであるかのように誤解している方もおられるようですが、トレーニング指導における測定と評価という科学的な指導にとって不可欠な側面をウェイトトレーニングの指導において追求するいわば当たり前の姿が「挙上速度を測る」ということであり、それがVBTという言葉で表現されているだけだということをご理解いただければと思います。
2.挙上速度を測ることから得られること(=速度を測らなければ得られないこと)
「物体が時間とともにその空間的な位置を変えること」が力学における運動の定義です。したがって、ウェイトトレーニングにおけるあらゆる挙上動作は、その質量(kg)と挙上回数だけで説明することは不可能です。そこには時間(sec)の経過と位置(m)の変化によって生じる速度(m/s)、そしてその速度の変化率である加速度(m/s/s)という特性に着目しなければなりません。どれだけの質量にどれだけの加速度が生じたのかがわかればそのために発揮された力(N)がわかります。そして力と速度がわかればパワー(W)もわかります。
ウェイトトレーニングの主な目的は力とパワーの向上であり、それによって一定の質量の身体や物体を運動させる速度や加速度の向上にあります。もちろんその持久性や身体質量そのものの増大(筋肥大)も重要な目的になることもあります。
ということは、トレーニングにおいて処方する対象、測定する内容、そして評価するべきは、「何キロを何回」持ち上げるかということだけではあまりにも不十分だということになり、速度や加速度や力やパワーを知る必要があります。こうしたウェイトトレーニングを指導するうえで避けて通れない力学の基礎についても拙著の第2章で詳しく解説していますので、ぜひお読みいただければと思いますが、ここでは、「何キロを何回」という枠を超えて速度を測る、ということを取り入れるだけで、トレーニング指導にとってどんなにいいことがあるのか、言い換えれば今日VBTが普及してきた理由を簡単にまとめておきます。
①選手がその場で実際に発揮している力やパワーに基づいた指導ができる
上述のようにトレーニングの目的が力(筋力)とパワーの向上にあるのであれば、それ自体を測らずにトレーニングの質について語ることはできず、トレーニング効果も評価することができません。挙上速度を測れば実際に発揮した力とパワーがその場で把握できます。速度と力とパワーがリアルタイムで分かれば、どう指導するべきかの判断材料を得ることになります。例えば「何キロを何回」で頑張らせていい指導をしたつもりになっていても、知らず知らずのうちに発揮している筋力やパワーが低下し、疲労させているだけのトレーニングになってしまっていた、といったミスを防ぐことができます。
速度を測るためには位置の変化も測ることになりますから、動作やフォームについての客観的な判断も可能となります。スクワットでどこまでしゃがんだか、ジャンプで何センチ跳んだのか等々がリアルタイムでわかりますから、それらを指導者が確認しながら指導することで、選手に意味のある頑張りをさせることができるのです。
②個人ごとのその日の適切な負荷質量を決めることができる
従来一般的とされてきた1RM測定を前提として、そのパーセンテージや、最大挙上回数(RM値)によって負荷質量を決める方法の限界と問題点については拙著で述べていますが、最大挙上重量よりも軽いいくつかの質量での最大挙上速度を測れば、そうした限界と問題点を容易にクリアーでき、トレーニング目的に応じた適切な負荷質量をほぼ自動的に設定することが可能となります。しかも、個人差と一人ひとりのその日の体調に応じて、です。なぜそんなことが可能かという根拠は、拙著の3章で説明した「負荷-速度関係の安定性」にあります。それによって、ウォーミングアップで用いた負荷質量とそれに対する挙上速度から、日々の体調の変化に応じたその日に使用するべき適切な負荷質量を、科学的な根拠をもって決定することが可能となります。
具体的な方法については、ぜひ拙著の第5章「VBTの実践」をお読みください。推定1RMの40~50%と70~85%に相当するわずか2種類の負荷質量に対する速度を測るだけで、個人別の負荷-速度プロフィールを作成でき、適切な負荷質量を簡単に設定することが可能となるエクセルを用いた具体的な方法についても詳しく説明しています。
③無駄に疲労させるだけの余計な反復をさせずに済む
ウェイトトレーニングの指導をするにあたり、誰しも、最大限の効果を上げることを目指すのは当然ですが、技術・戦術のトレーニングや試合のコンディションにマイナスの影響を与えてしまうような疲労や、その蓄積によるオーバートレーニングを避けるということも常に考えておく必要があります。同じ効果を得ることができるのであれば、できるだけ無駄な疲労を招かないようにする、そのための余計な反復やセットをさせないということも優れたトレーニング指導者の条件です。日々変化する選手の体調を考慮し、体調が万全でない日に無理をさせない、という判断も必要です。
VBTでは、挙上速度を1レップごとにモニタリングすることで、速度の低下から疲労レベルが一目でわかります。ですから、目的に応じてあらかじめ設定した速度の閾値まで低下した時点で躊躇なくそのセットを終了させることができます。このヴェロシティ―ロス・カットオフ(VLC)についての多くの研究については拙著の第4章と第5章で詳述しています。そこでは、スピードがたった5%低下した時点で直ちにセットを終了させても、それ以上反復を継続させたのと全く同じ効果が得られるという、にわかには信じられない驚くべき研究結果も示されています。挙上速度を測ることができなかった時代に作られたトレーニング指導の常識や思い込みは、もはや科学的にもまた先進的なトレーニング指導の実践によっても否定されつつあるのです。
④モチベーションを刺激しトレーニングの質を高く保たせることができる
5%のVLCでセットを終了させる方法では、速度が20%低下するまで反復を継続する方法と比較して約1/3の総レップ数で済むことがわかっています。「つぶれるまで追い込む」方法と比較すればさらにもっと少ないレップ数でセッションを終わらせることができ、無駄な疲労を避けつつ最大限の効果を上げることが可能となります。
しかし、こうしたトレーニングを行うためには、選手が高い意識を持って1回ずつの動作を最大速度で常に全力で行う必要があります。そのために不可欠となるのが挙上速度のリアルタイムフィードバックです。身体各部位の動作コントロールの一瞬のタイミングによって発揮速度は敏感に変動します。例えば30分かけて得られる効果を10分で終わらせることができるわけですから、選手に対しても高いモチベーションと集中力を発揮して1レップずつ最大速度を追求するよう強く働きかけることが可能となります。
3. VBTはフォームを崩させるという勘違い
このような挙上速度のリアルタイムフィードバックをして最大速度を追求させるとフォームが崩れる、と考える人がいますが、同じ質量の挙上であってもそれをゆっくり挙上する時とできるだけ大きな力を加え大きな加速度を発生させて高速で挙上する時のフォームが異なるは当たり前のことです。例えば1回のスクワットやスクワットジャンプ動作中の各関節角度の変化や関節トルクが、挙上速度や発揮している力やパワーによって異なることはすでに明らかにされており、筋活動や腱の活動様式が異なることもすでに明白です。
下背部の適切な前弯や股関節角度の前額面上での安定性といった、安全な姿勢のコントロールが崩れない限り、頭で考えている理想的なフォームと実際に力やパワーや速度を最大化するためのフォームが違ってくるのは当然です。むしろ、どのような動作によってより大きな力やパワーや速度が得られるのかは1レップずつ速度を測ることによってこそ確かめることができるのです。
スクワットで肩にかついたバーの位置で速度を測ることによる上背部の運動速度の影響を取り除き、主に身体重心における速度を問題にしたければ、速度を測るためのデバイスを腰や腹部につけることができます。また、上肢の動きからそのエクササイズの速度を知ろうと思うなら、腕に装着することでその部位のデータを取ることができます。
トラップバー(ヘックスバー)を活用すれば、バックスクワットやフロントスクワットとはまた異なる動作中の速度を知ることになります。
デバイスの特徴を知って、様々なエクササイズに対して適切に使用することにより、目的に応じてどの速度を測るのかという可能性はいくらでも広がります。
4.もともと存在しなかったPBT
以上のように、VBTというのは、ウェイトトレーニングにおける指導をより効果的、効率的に行うために、データを収集し、得られたデータによって判断をするという測定・評価活動そのものです。VBTに対するものとしてPBT(Percent Based Training)という言葉がありますが、PBTというトレーニング法がもともと存在していたわけではありません。これは、使用する負荷質量の設定を挙上速度に基づいて行うというVBTとの対比において、旧来の1RMのパーセントによって行う方法をわかりやすいようにそう呼んだというだけの言葉です。敢えて言えば、PBTとは、客観的な速度を測らないトレーニングであり、トレーニング指導におけるさまざまな判断を、上述したような、速度を測ることによって得られる客観的根拠を用いずに行うトレーニングだということになります。
したがって冒頭で述べたように、VBTとは、ウェイトトレーニング指導の効果を高めるための測定と評価という活動を突き詰めていった当然の帰結であって、PBTと比較してもあまり意味がありません。
5.進化するVBTと測定・評価
トレーニング指導における測定と評価の重要性とその具体的手法について次号より解説していきますが、トレーニング指導の現場で利用可能な様々なテクノロジーは、世界レベルで急速に進歩・拡大しており、トレーニング指導者には、そうした動向に常に目を向け、有益なものは積極的に活用することが求められます。
VBTに関しても、新たな研究と実践を背景としてさらに今後新たなデバイスが登場してきます。この間世界のVBT研究をリードしてきたスペインからは、コンセントリック局面中の加速部分のみに着目した推進速度(Propulsive velocity)を計測するという新たなデバイスが生まれています。アメリカで新たにリリースされるデバイスもこの点に着目しています。これにより特に高速動作の評価がより的確になります。また、動作開始後260msecまでの20msecごとの力の増大を検知してRFD(Rate of ForceDevelopment)をリアルタイム表示するという画期的なデバイスがドイツから誕生します。これにより、様々なスポーツ動作や日常生活動作において重要であると指摘されながら、トレーニング指導現場では測定が困難であった筋力の素早い立ち上がり特性の指標であるRFDを簡単に測定し評価することが可能となります。
さらに、コンセントリック局面に影響するエクセントリック局面中の速度や力やパワーを知る機能や、可動範囲における速度の変化を示す速度曲線をリアルタイムで表示する機能、さらにはバーベルの3次元軌跡が映像と同期させて確認できる機能などが使えるようになります。従来は研究所や大学の大がかりな装置でしか取得できず、複雑な解釈を必要としたこれらの測定項目や評価基準が、すでにトレーニング指導者の手元まで来ています。
こうした客観的データを目的に応じて的確に収集しうまく活用していくためには、トレーニング指導者の測定と評価に関する科学的知識とデータを収集し活用するスキルを高めることがますます必要とされてくるのです。