トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #11 自動タイム計測機器の価値

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トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #11 自動タイム計測機器の価値

2023/08/07

トレーニング指導者のためのパフォーマンス測定と評価 #11 自動タイム計測機器の価値

なぜストップウォッチでは不十分なのか?

※上記記事はJATI EXPRESS No.94に掲載のものです。

 

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【概要】

・ストップウォッチのタイムは電気計測よりも速くなる

・なぜストップウォッチのタイムは速くなるのか

・ストップウォッチのタイムは計測者によってバラつく

・自信を持って選手や子供たちの向上欲に応える指導とは?

・テクノロジーを使いこなす高度専門職としてのトレーニング指導者

・本来の指導の中身を高度化させるためにこそテクノロジーはある

 

[指導する側が自信を持ってその計測が正確だと言い切れない限り、そうした選手や子どもたちと真剣に対峙することはできないのではないでしょうか。]

今回は、なぜストップウォッチではなく、光電センサーを用いた自動タイム計測機器を使用する必要なのか、そしてどうすれば選手や子どもたちの本気に誠実に応えることが可能となるのかについて解説する。

 

「もっと速く走りたい」「より素早い方向転換の能力を身に着けたい」というスプリントやアジリティーの向上は、多くのスポーツに取り組むすべての選手や子どもたちにとって切実な願いです。 

 こうした願いに応えるためのトレーニング指導者の役割は何でしょうか? そしてどうすればこうした切実な願いに対して専門職ならではの貢献をすることができ、それに見合った報酬を得ることができるのでしょうか? 

 今回は、なぜストップウォッチではなく、光電センサーを用いた自動タイム計測機器を使用する必要があるのか、そしてどうすれば選手や子どもたちの本気の向上意欲に誠実に応えることが可能となるのかについてお伝えしたいと思います。

 

ストップウォッチのタイムは電気計測よりも速くなる 
 アメリカのカレッジフットボールの選手を対象とし、複数名のS&Cコーチによるストップウォッチ計測と光学センサーを用いた自動タイム計測機器による40ヤードダッシュのタイムを比較した2つの研究1,2) で、スリーポイントスタートの手が地面から離れた瞬間から、選手の胴体がゴールラインを切るまでのタイムが計測されました。その結果、ストップウォッチのタイムは自動タイム計測に比べて平均0.22~0.33秒有意に速くなることが明らかとなりました。 

 筆者も大学のゼミで10メートルのスプリントタイムを自動タイム計測とストップウォッチで比較したことがあります。図1はその時の結果です。
 

 ゴールライン上に位置する5名のストップウォッチによる計測者(a、b、c、d、e)が、選手の後ろ脚が地面から離れた瞬間にストップウォッチのボタンを押して計測を開始し、ゴールラインを胴体が通過する瞬間にストップウォッチを止めました。 

 グラフの左側に女子10名、右側に男子12名のタイムが示されています。一目見てわかるように、■で示された自動タイム計測によるタイムは、+で示されたストップウォッチの平均値よりもほとんどの選手で遅くなっています。この差は平均で0.1秒、最大で0.34秒という大きな差です。 

 実際のスポーツにおけるパフォーマンス、例えばアウトになるのかセーフになるのか、相手のパスやドリブルやシュートをブロックできるのか抜かれてしまうのか、相手を振り切って目標地点までたどり着くか追いつかれるか…といったことは、あくまで客観的なスピードの差としてアスリートの現実を決定づけます。 

 そこでわずか10mの距離で0.1秒の差、40ヤードで0.2~0.3秒もの差というのは決して小さな差とは言えません。例えば10mで0.1秒の差は、約1mの差になります。ですから、自分は1.8秒で走れていると思っていた選手が実際は1.9秒だったとなると、現実のスポーツ場面で1mという距離を克服することはほぼ絶望的です。ストップウォッチで計測されたタイムが現実を反映していないとすれば、何のためのタイム計測かわからなくなってしまいます。

 

なぜストップウォッチのタイムは速くなるのか?  
 ストップウォッチ計測では、選手の足が地面から離れたとか、手が地面から離れたといった動作を目視で判断し、その瞬間にストップウォッチのボタンを押して計測開始し、ゴール地点に身体の一部が到達したと判断した瞬間に計測を止めます。 

 スタートにおける選手の動作を目でみてからストップウォッチのボタンを押すまでの時間は一瞬のように思えますが、実際には、目から入った信号は、網膜から視神経を通って感覚ニューロンに伝わり、脳の視覚野で処理され、足が地面を離れたという認知、すなわち「ストップウォッチを押す」という意思決定を経て、さらに運動野から発せられたインパルスが脊髄の運動ニューロンを経て最終的に指の筋肉が収縮してボタンが押されます。これに要する時間は平均0.2秒程度であることが明らかにされています。 

 そのため、スタートでストップウォッチを押すタイミングは、身体の一部が自動タイム計測機器の光センサーを通過することによって検知される選手の身体が動き始めた瞬間よりも確実に遅れます。つまり、ストップウォッチの計測が開始したときには、すでに選手はゴール地点に向けて移動を開始した後ということになります。計測を開始した時点ですでにスタート地点よりも前にいるのです。 

 ゴール地点でもまったく同じ時間だけ遅れてくれればいいのですが、残念ながらそうはいきません。なぜかというと、今後は走ってくる選手をずっと目で追いかけていますから、予測という認知機能が働き、かつボタンを押すのが遅れないようにという心理が働きますからスタートと同じだけ遅れるということはなく、場合によっては実際よりも速くボタンを押してしまうことさえあります。これが、ストップウォッチのタイムが電気計測よりもほぼ常に早くなる理由です。

 

ストップウォッチのタイムは計測者によってバラつく  

 目視による手動計測によるタイムが、実際の客観的なタイムよりも常に遅れるというだけでも現実のスポーツパフォーマンスの優劣と齟齬が生じるのですが、問題はそれにとどまりません。最悪なことに、ストップウォッチによって計測される時間は、個人差があると同時に、計測するごとに変動するという大きな問題があります。 

 もう一度、図1をよく見てもらうと、5名の計測者のタイムには大きな開きがあることがわかります。◆で示されたaによって計測されたタイムは常に速くなる傾向があり、〇で示されたeのタイムは常に他の人よりも遅くなる傾向があります。最も速いタイムと最も遅いタイムには平均で0.3秒、最大で0.55秒という信じられない差があります。そして、自動タイム計測による結果と、ストップウォッチを用いた個々の計測者のタイムの差にはバラつきがあり、計測者が同じなら常に同じだけずれているというわけではありません。 

 こうなると、誰が測るのかによってタイムは大きく異なり、同じ計測者であっても時と場合によって誤差自体がバラつきます。反応時間は集中力や加齢によっても遅くなることが実験的に確かめられています。50歳代の監督とフレッシュな18歳のマネージャーによる計測がまったく同じという保証はどこにもないのです。少しでもいい記録を出してあげようなどといった「配慮」が働けばさらに深刻な問題となります。 

 このように、ストップウォッチによるタイムから選手ひとりひとりのスピード特性やトレーニングの成果を云々することはもはや不可能と言わざるを得ません。

 

自信を持って選手や子どもたちの向上欲に応える指導とは? 
 図2は、ある社会人ラグビーチームのバックスの選手21名の10mスプリントタイムの10週間の変化を示したものです。週に1回、自動タイム計測システムを用いてその日のベストタイムを記録しました。 図2のaはその平均値です。最初の5週間は、オフシーズンで負荷の高いトレーニングを継続していた時期にあたります。この間の記録は決してよくありません。しかし、負荷を落としてシーズンに入って行った6週目以降急激にタイムが短縮しそれ以降確実に記録が向上していったことが示されています。10週間で0.06秒短縮したことがわかります。

 図2のbは、21名の選手全員の記録をプロットしたものです。オーバーラップして見にくいですが、個々の選手は平均値の通りというわけではなく、それぞれ異なる変化の仕方を示していることがわかります。しかし全体として記録を短縮させている様子が見て取れます。一方で、中にはほとんど変化しなかった選手がいることも確かです。これが現実ですが、この現実はそのまま受けとめることができます。なぜならこのデータは客観的で正確なものであるという保証があるからです。選手自身もそのことをよく理解しています。 

 こうしたデータから、例えば平均値をもとにチーム全体として確実にスプリントスピードを向上させたということを監督やチームの管理職に対して自信を持って説明することができます。また、ひとりひとりに着目して、選手の体調や他のデータ、例えば筋力やジャンプのデータと照合することによって、より深くその選手の能力特性を理解し、より的確なトレーニングに対する方向を示すことができるようになります。 

 このことは決して大人の選手に限ったことではなく、高校や中学はもちろん、小学生でも全く同じです。意欲を持って向上したいと思っている選手や子どもたちは、その計測がどれだけ信頼できるものなのかを知っています。指導する側が自信を持ってその計測が正確だと言い切れない限り、そうした選手や子どもたちと真剣に対峙することはできないのではないでしょうか。 

 成人のサッカー選手において、20mのスプリントタイムで0.05秒のタイム差があればゴール地点で30cmの差になることがわかっています。この30cmというのは競り合った相手の前に確実に自分の肩を割り込ませることができる距離です。ですから、例えばこのサッカー選手の例におけるスプリントの指導においては、確実にこの0.05秒のタイム短縮が達成できれば、自信を持って意味のある成果があったということができるのです。そのためには0.05秒というタイム差を客観的に常に安定して検出できる装置を使っているかどうかが問題となるのです。


自動タイム計測機器というテクノロジーを使いこなす高度専門職としてのトレーニング指導者  
 ストップウォッチは1000円も出せば誰でも買うことができます。トレーニング指導の資格を持ち経験を積んだ専門職でなくても、ストップウォッチでスプリントやアジリティーのタイム計測することは可能です。しかし、自動タイム計測機器というテクノロジーを導入するためにはそれなりの投資費用がかかり、その操作には一定の知識とスキルが必要です。誰にでもできるというものではありません。 

 であればこそ、選手や子どもたちのスプリントタイムを短縮させることを生業としたトレーニング指導の専門職であれば、誰でもできるような、そして妥当性と信頼性に欠けることがすでに明らかとされているような方法ではなく、高度な専門職にふさわしい方法でタイム計測を行い、それによって説得力のある評価と指導を行うべきです。それによって自信を持った指導ができると同時に、自分自身に対して誠実であることの証ともなります。そして、そのことは同時に妥当な報酬を得る根拠にもなるのです。 

 そうしたプロセスを経て獲得したトレーニングの成果は、その後の指導にも大いに役立てることができます。客観的なデータを蓄積しながら指導経験を積めば、どういった指導をすればどれくらいの期間でどの程度のタイム短縮が可能か、または難しいかということを説得力を持って説明することができ、それによって信頼を得ることができるのです。 


本来の指導の中身を高度化させるためにこそテクノロジーはある 
 スプリントやアジリティーのタイムを短縮させるためには、選手のスタート姿勢や一歩ごとのステップにおける脚の運動、腕の振り、上体の角度、体幹の安定度等々、さまざまな部分にフォーカスして観察することが不可欠です。 

 トレーニングや計測時にストップウォッチでタイムを測るという作業を伴うと、これらに対して意識を完全に集中することができません。足が地面から離れる瞬間を見逃さないようにという意識とスタート姿勢やスタート動作を様々な視点や角度から観察するための集中力は両立しません。ゴールする瞬間に遅れないように、胴体がゴールラインを通過する瞬間を見逃さないようにという意識とゴール寸前の最後のステップや姿勢等々を細かく観察するための集中力も両立しません。これは認知心理学における選択的注意に関する研究3)からも明らかです。 

 自動タイム計測であれば、タイム計測そのものに全く意識をそがれることはなく、本来の指導のための観察に100%意識を向けることができます。しかもその時の正確なタイムはすぐにわかります。 

 ですから、自動タイム計測というテクノロジーを使うことは、単なる測定を正確に、というだけにとどまるものではなく、トレーニング指導の根幹にかかわる様々な側面に波及するのです。 本気でスプリントやアジリティーのタイムを向上させたいという意欲を持った選手や子どもたちに対する科学的なスプリントやアジリティーの指導のためには、ストップウォッチによる計測では不十分であり、自動タイム計測が不可欠であることがご理解いただけたと思います。 

 次号では、自動タイム計測機器をより効果的な指導に役立てるための方法やデータの見方について解説したいと思います。

 

参考文献

1. Mann JB, Ivey PJ, Brechue WF, Mayhew JL, Validity andreliability of hand and electronic timing for 40-yd sprint incollege football players, JSCR, 2015 Jun;29(6):1509-1514.

2. Mayhew JL, Houser JJ, Briney BB, Williams TB, Piper FC,Brechue WF, Comparison between hand and eleectronictiming of 40-yd dash performance in college footballplayers, JSCR, 2010, 24(2):447-451,

3. 樋口貴広,森岡周, 身体運動学 -知覚・認知からのメッセージ-, 三輪書店, 2014.
 

 

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